基盤技術
ウイルスベクター改変・改良技術
IDファーマの成り立ちと歩みは、まさに日本のウイルスベクター開発そのものといえます。
IDファーマは日本の技術を世界に発信すべく組織されたナショナルプロジェクトの一つとして、ウイルスベクターの開発とその応用を担いました。そして四半世紀におよぶウイルスベクターの研究、改良の結果、日本発のウイルスベクターとして、センダイウイルス(SeV)ベクターの事業化に成功しました。
現在その応用は、iPS細胞作製キットや遺伝子治療製剤、様々なワクチン(新型コロナウイルス感染症、結核、エイズ等)の開発へと広がりをみせています。
これまでに培ったウイルスベクターの知識・技術・ノウハウは、現在のアイロムグループの基盤技術として、世界中で活用されています。
センダイウイルス(SeV)ベクター
遺伝子治療や再生医療等の広範なバイオビジネスに使用可能
SeVベクターを用いたiPS細胞作製キットCytoTune®-iPS
安全性や導入効率性等の6つの優れた特徴
- iPS細胞などを用いた遺伝子治療や再生医療に極めて有用な技術
SeVベクターは、その特徴から遺伝子治療や再生医療に極めて有用な技術として注目されています。
遺伝子治療では、FGF-2遺伝子を搭載したSeVベクターを用いた重症虚血肢治療剤の開発を進めています。
再生医療分野では、SeVベクターを用いた研究開発が多数進められています。
- 世界の研究者から高評価を受けるiPS細胞作製キット「CytoTune®-iPS」
SeVベクターを用いたiPS細胞作製キットCytoTune®-iPSは世界中で使用されています。またSeVベクター技術のライセンスアウトや受託製造は年々増加しており、業界で高い評価を得ています。アイロムグループは、世界中の企業やアカデミア等と協働し、SeVベクター技術の普及に努めています。
- SeVベクターの6つの特徴
- 細胞質型RNAベクター
細胞に遺伝子を導入し発現させるという目的で開発されたベクターやプラスミドなどの遺伝子導入方法は、細胞の核にDNAを送り込み、遺伝子の発現を行わせるものがほとんどです。この場合、ホストの細胞核内の染色体に入り込むことが必須、または高い可能性があります。これにより染色体に傷(改変)をつけ、ホスト細胞に何らかの影響を与える可能性が出てきます。事実、レトロウイルスベクターでは極めて稀ですが、染色体に入り込んだことが影響したと考えられる、がん(白血病)発症の報告があり、注意が必要といわれています。また、アデノ随伴ウイルスベクターやアデノウイルスベクターも、限定的でありますが染色体に組込まれるケースが報告されており、同様の注意が必要です。
一方、IDファーマのSeVベクターは、細胞核の中に入らず細胞質内で自らのRNAゲノムを複製し、転写され、大量のタンパク質を作ります。細胞核内に入らないため、ベクターが核内の染色体を改変するリスクは原理上なく、先述の他のウイルスベクターで見られる細胞障害リスクを回避できるウイルスベクターといえます。
- 発現量の多さ
SeVベクターは、細胞質内でゲノムが盛んに複製・転写されることから、SeVベクターが導入されると搭載遺伝子から生産されるタンパク質量が多くなります。そのタンパク質量が多いことは、細胞初期化、細胞分化、遺伝子治療などの効果を高めるため他ベクターよりも優位であるといえます。
- 多種多様な細胞組織への遺伝子導入
SeVは、シアル酸を認識して細胞に入り込むため、細胞周期に依存することなく多くの哺乳類・鳥類の様々な細胞組織に対し遺伝子を導入できます。
- 遺伝子導入の素早さ
生体内投与をした場合、遺伝子導入の速度が重要になる場合があります。例えば血管壁に遺伝子を導入する場合、当該血管の血流を止める必要があり、長時間の血流遮断は生体の生存に影響を与えます。しかし、SeVベクターは他のウイルスベクターと異なり、数分で遺伝子導入が行われるため、血流の遮断を最低限に抑えることが可能です。また、他のウイルスベクターでは導入が難しい、気道などの粘膜がある組織でも、SeVベクターでは容易に遺伝子導入ができることがわかっています。
気道へ容易に導入が可能という特徴を活かし、現在経鼻接種の新型コロナウイルス感染症ワクチンの開発を進めています。
- 生体内での一過性の発現と高い抗原性
SeVベクターは、センダイウイルス自身の発現の仕組みを細胞に持ち込み遺伝子発現を行います。そのため生体内では、その仕組みが抗原として認識され、体内から速やかに除去されます。したがって、SeVベクターは比較的短い時間で排泄され、長く生体に残らないという安全なベクターになっています。
高い抗原性を有していることを活用し、任意の抗原をSeVベクターに搭載することによりHIVワクチンなどの遺伝子ワクチンとして利用する研究が進んでいます。
- 消失するベクター
SeVベクターは細胞毒性がほとんどなく、in vitroでは持続的に発現するベクターです。IDファーマは温度感受性を有するベクターを開発しました。この技術を用いたiPS細胞作製キットCytoTune®-iPSは、iPS細胞作製の過程で速やかにSeVベクターを消失させることができます。また、骨格筋分化を促進する遺伝子を搭載した温度感受性SeVベクターを利用してiPS細胞から骨格筋を効率よく分化させさらに温度シフトによりSeVベクターを除去する方法が開発されています。現在、このベクターの再生医療への利用を拡大すべく、さらなる研究開発を進めています。
レンチウイルスベクター
遺伝子発現効果の長期持続性と高い安全性
網膜色素変性症治療への応用が期待されるベクター
嚢胞性線維症治療への応用が期待されるベクター
- 約80%のゲノムを除去した安全性の高いベクターを作出
レンチウイルスベクターは、分裂細胞のみならず終末分化している細胞(神経細胞など)への遺伝子導入効率が高く、長期にわたる発現が可能という特長をもっています。
IDファーマは、レンチウイルスベクターの中でもサル免疫不全ウイルス(SIV)ベクターに注目し、従来のSIVベクターから約80%のゲノムを除去した、より安全性の高い第三世代SIVベクターを開発しました。
- レンチウイルスベクターを用いた医師主導治験
SIVベクターを用いて網膜下に遺伝子を導入した場合、導入部位に障害を起こすことなく遺伝子発現を2年以上安定して維持することが判っており、九州大学との共同研究で網膜色素変性症の治療薬としてPEDF遺伝子を搭載したSIVベクターの臨床研究が実施され安全性が確認されました。現在、九州大学および宮崎大学にて引き続き医師主導治験が実施されています。
- 世界初の実用的呼吸器用レンチウイルスベクター
IDファーマは、SeVベクターの知識および開発技術を応用し、SeVの外膜タンパク質(F/HN)を利用した、世界初の実用的呼吸器用レンチウイルスベクターであるF/HN型新シュードタイプSIVベクターを開発しました。
この新しいベクターは標的となるマウスの気道に効率よく遺伝子を導入できることが示されました。この技術は、英国の「嚢胞性線維症遺伝子治療コンソーシアム」から高く評価され、嚢胞性線維症に対する遺伝子治療製剤として開発が進められています。
その他保有技術
分化誘導技術(褐色脂肪様細胞)
iPS細胞から褐色脂肪様細胞への分化方法を確立
日米欧三極で分化方法と治療への応用に関する特許査定を取得済み
肥満やメタボリックシンドローム等を対象とした細胞治療に期待される基盤技術
- 褐色脂肪細胞のエネルギー燃焼機能に注目
脂肪細胞には白色脂肪細胞(White Adipocyte:WA)と褐色脂肪細胞(Brown Adipocyte:BA)の2種類の細胞が存在し、WAはエネルギー(脂肪)の蓄積に関与するのに対して、BAは脂肪分解によるエネルギーの燃焼に関与することが判明しています。IDファーマは、このBAのエネルギー燃焼機能に注目し、iPS細胞からBAへの分化方法の確立に取り組みました。
- 分化方法と治療への応用で日米欧三極で特許査定を取得済み
2012年、IDファーマは国立国際医療研究センターとの共同研究で遺伝子導入をせずに特定のサイトカインカクテル存在下でiPS細胞からBAへ分化させる技術を開発し、「多能性幹細胞由来褐色脂肪細胞、多能性幹細胞由来細胞凝集物と、その製造方法及び細胞療法、内科療法(国際出願番号:PCT/JP2012/061212)」として、日米欧三極の特許査定を取得しています。
ほぼ無限に増殖する性質を持つiPS細胞を出発材料とすることで、大量にBA様細胞(以下iPS/BA)を作製することが可能です。
- 細胞治療や基礎研究への応用を目指します
上記の分化方法で作製したiPS/BAは、多胞性の脂肪蓄積が認められ、遺伝子マーカーの発現解析やin vitro及びin vivoの実験により、機能的なBAであることが示唆されました。IDファーマでは本技術で作製したiPS/BAを肥満やメタボリックシンドローム等を対象とした細胞治療に用いることをはじめ、iPS/BA分化促進剤や活性化剤等のスクリーニング及び基礎研究等への応用を目指し、継続して研究を進めています。